ハードワークに追われている仕事人間これだけは知っておこう


by mush_k

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どちらが悪いかは関係ない。怒りを爆発させたほうが負け

まったく世の中、腹が立つことばっかりだ。寄るとさわると、口々にこんなふうに話すことがふえている。たしかに、一昔前よりもずっと「自己チュー」がふえてきて、若い後輩社員など、何をいってものれんに腕押し。「キミのためを思って、いってやってるんだぞ」とつい、声を荒らげてしまう気持ちもわからないではない。

先日も、テレビで、「いまどきのマナー」をテーマにした番組をやっていた。とかく、問題になるストリートや電車内などでのマナーについて、各年代を代表するコメンテーターがそれぞれの考えを述べるという構成だった。驚いたことに、若い世代は、「人に迷惑をかけなければ、どこで何をやるのも個人の自由」と考えている傾向がひじょうに強い。

たとえば、電車内のマナー。優先席近くで携帯電話を操作したり、携帯音源のヘッドフォンから音がもれているのは「いけない」。だが、床に座っておしゃべりしたり、スナックを食べるのは、混んでいるときでなければ、誰の迷惑にもならないから「オッケー」。電車内でお化粧するのも、誰の迷惑になるわけではない。そんなことまでいちいち文句をつける相手こそ、人を不愉快にするからマナー違反だといってのけるのだ。

こんな感覚の社員がもし部下にいたら、上司はいつも腹を立てっぱなしになってしまうだろう。だか、怒りにかられるシーンはまだまだある。ただでさえ厳しい世の中だ。得意先のなかには、無理を承知のうえで難題を押しつけてくることがある。

それを受けてくれば、「いったい、どうやって消化するつもりだ」と上司は怒る。だが、蹴っ飛ばして帰ってくれば、「いま、うちの会社がどういう状態なのか、わかっているのか。仕事を選んでいる場合じゃないんだ」と怒鳴られる。

これでキレないほうがおかしいといいたくなるが、どんな場合も、怒りをあらわにしたとたんに勝負あった!どんな理由があろうと、その瞬間に自分のほうが全面的に負け。自分に負けたことになってしまうのである。

参一瞬の兆候をとらえて、激情をうっちゃる

怒りの前には、瞬時だが、自覚症状かおる。口の中に熱いものがたまってきたり、くらっと軽いめまいに近い感覚に襲われることもある。自分で、自分の怒りの兆候を知っておき、その兆候があったら、その場で自分の感情を全面的にオフ。つまり、自分の感情を「強制終了」してしまうようにするとよい。

具体的には、口をきくことをやめる。何もいわずに、黙ってお茶をゆっくり飲む。手元の書類をゆっくりと見直してみる。ペンを動かし、メモを整理するフリをするのもいい。怒りが爆発するのは一瞬だ。逆にいえば、その一瞬をかわすことができれば、こみあげてくる怒りをうっちゃることができるのだ。

怒りを爆発させてしまったときの後味の悪さは、誰でも身に覚えがあるはずだ。怒りは爆発させず、のみこんでしまったほうが、精神衛生上もずっといい結果になるのである。軽いうつ患者に対して、カウンセラーはまず、怒りのコントロール、アンガーコントロール法を教えることが多いことが、怒りの本質を物語っている。あたかもパソコンのように、強制終了からふたたび自分自身を「立ち上げれば」感情のざわめきはすっかり収まっているはずだ。かえって相手の立場を考える余裕さえもどっていることも多い。

自己チューな若手の後輩社員に対しては、「何も教えられないまま、ただ、甘やかされて育ってきてしまった、いまの若者は気の毒だ。これからいろいろ教えていこう」と怒りを鎮めることができる。難題をふっかけてきた得意先に対しても、「先方もいろいろきついんだろう。いったん引き受けて、あまり無理だったら、再度、相談させてもらおう」などと、こちらが余裕をもてば、活路はちゃんと開けてくる。


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by mush_k | 2012-09-20 06:49 | すぐ冷静になれる方法
しんどいときほど、心にやさしい言葉を口にする

夫婦ゲンカは犬も食わないというが、たいていのケンカや争い事はイヌも食わないのが本当のところ。ちょっとしたボタンのかけ違いを、お互いに過剰に言い立てることから始まることが多いからだ。

それが大げんかになってしまうのは、言葉は言葉をあおるところがあるからだろう。たとえば、上司から、「このデータ、急いで入力してくれ」と頼まれたとしよう。手元はいま、別の用件で忙しい。するとつい、こんな返答をしてしまう。

「でも、いま、手いっぱいなんです」そう、いわれると上司も面白くない。「いつまでグズグズやってるんだ。だいたい、キミはいつも能率が悪いんだよ。もっと手早くできないものかね」とイヤ味たっぷりの言い方になってしまう。だか、ほんのすこし言い方を換えてみると、事態はがらっと変わってくる。

「はい。わかりました。・・・でも、すこし後でもでよろしいですか。いま、前の仕事が残っていますので」こういえば、上司は「ああ、明日いっぱいにやってくれればいいんだ」といったり、「そうか、それじやあ、誰か別の人に頼むか」といってくれたりして、お互いの気持ちを波立たせなくすむ。

参最初のひと言が、のちのちの心理を方向づける

イヤ味っぽい言い方をされたり、怒鳴りつけられたりすれば、誰だってムッとくるし、だからといって言い返してしまえば、摩擦は何倍にもなって自分に返ってくる。やっぱり、上司のご機嫌を損なうことは避けたいものだ。

場合によっては、それをきっかけに、「自分は仕事の能力がないんだ」→「この会社では必要とされていない」→「リストラが始まったら、私はいの一番に肩を叩かれるに決まっている」と、どんどん自分勝手な連想をすすめていき、勝手にモチベーションを失うという回路をたどることになる。精神医学に「極端化」といわれる心の動きがある。「極端化」は、最初の言葉をまちがった方向にむけてしまったことが原因になることが少なくない。

自分で自分を傷つける、言葉の自傷行為もあることも知っておきたい。自傷行為につながりやすい言葉の代表が「だって」と「でも」だ。「だって」といえば、相手への反論につながっていくだけだし、「でも」といえば、自分を正当化するためになんとか言いつくろおうという言葉に発展していく。反対にいえば、このふたつを封印すれば、「極端化」にブレーキをかけることが、身についていくわけだ。


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by mush_k | 2012-09-18 13:10 | すぐ冷静になれる方法
いままで、解決できなかった問題などなかったはずだ

もうどうしようもないと思ったことは、誰にでも何回もあるはずだ。希望した学校の受験に失敗してしまったとき、「この先、どうなるのだろう」と暗港とした気持ちになったことを昨日のことのように覚えている人もあれば、学校帰りを待ち伏せし、思い切って「告白」したところ、「ごめん。タイプじゃなくて・・・」とあっさりふられ、しばらくは、学校にいくことはおろか、生きていることさえつらく感じられた。そんな人もいるだろう。

だが、いま、自分はどうだろう。第二志望どころか、第四志望ぐらいの学校に引っかかって入学。学生時代はそれなりに楽しかったし、まあまあの仕事にもありついた。つき合っている相手もいるし、いまの自分はそれなりに悪くないと思っている・・・。そう、つぶやいている人も多いのではないか。

人生なんて、あんがい、そんなものなのだ。もう、どうしようもない。オレの人生、終わったも同然だと思うようなことかあっても、そのうち、なんとかなっていく。いままできた道を振り返るだけでも、それは納得できる。

だから、もう立ち上がれないと思うようなことに遭遇しても、すぐに、「どうにか立ち直ろう」「もう一度、立ち上がらなくては」と無理に自分を駆り立てることはない。ときには、気持ちのままに、落ちこむだけ落ちこんでみたほうがいいくらいのこともあるのだ。人間、一生、落ちこんだままということなどないからである。

もちろん、うつなど、心の病気の場合は話は違ってくる。自分をさらに追い詰め、心の病気にならないためにも、何であれ、結果が出たら、その結果が自分の望みとは程遠いものであった場合でも、「こんな結果じゃもうダメだ」と思わないことだ。いくら否定しても、後悔しても、結果は変わらないそう、思えば思うほど自分を追いこむことになり、事態はむしろ、悪化するだけだ。

ジタバタすると深みにはまることが多い

スランプに陥ると、ついフォームを「改善」しようとするスポーツ選手も少なくない。だが、たいていの場合はそれがかえってアダになり、さらに自滅してしまうことが多いと聞く。

仕事も同様。気分か落ちこんでいるときには何をやってもすぐ迷う。フォームを改善しようとはしているのだが、すぐに望んだ結果か出なかったりすると、やはり、自分にはこれまでどおりのフォームのほうが合っているのではないかと迷いはじめる。その結果、これまでのフォームも、新しく変えようと思ったフォームも、どちらも自信がもてなくなってしまう。これでは改善どころか停滞だ。イヤ、下手をすると、出口のないトンネルに迷いこむという最悪の結果になってしまう。

スランプに陥ったなら、デンと構えて、そのまま、放っておくほうがいい結果につながることが多いのだ。しばらくプレーから遠ざかることがかえってよい結果をもたらすことも少なくなり仕事やプライベートで、「どうしようもない」と思うような大きな失敗をしてしまった、そんなときも同じだ。

早く立ち直ろうとあがいたり、なんとか失敗を取りもどそうと必死の努力をする人もあるが、動揺した状態のままでは、努力がかならずしも報われるとはかぎらないことを肝に銘じておこう。そうした努力まで否定的な結果になってしまったら、さらに深い墓穴を掘るだけだ。よくわかった上司は、失敗した人間にすぐにチャンスを与えることはしない。しばらく黙って放っておく。失敗の後は大なり小なり心に傷を負っている。わかる上司はその傷が癒えるまで、黙って時間を与えるのである。

やがて、傷が癒えれば、ちゃんと力が湧いてくる。人間はトカゲやヤモリ以上に、たくましい再生能力をもっているものなのだ。その再生能力をもっと信じよう。落ちこんでいるときにジタバタするのは、悪あがき以外の何物でもない。どっしり構えて、時機を待つことがずっと大事なのである。
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by mush_k | 2012-09-15 10:12 | すぐ冷静になれる方法
人は誰もが自分の感情に翻弄されることは避けられないが・・・

人間は感情の動物だから、沈むときもある反面、自分でもちょっとおかしいかなと思うぐらい、舞いあがってしまうことがある。われを忘れて、前へ前へ、上へ上へと感情が先走ってしまうのだ。

自分でも「がんばった!」と思える自信のあ、る仕事を上司も上機嫌でほめてくれた。「うん、完璧な企画書だ。じつに、説得力がある。いつのまに、こんなアイデアが出てくるようになったんだ。市場性もちゃんと押さえてあるじやないか。アイデアだけで突っ走っていないところなんか、本物だよ。そうだ、今度のプロモーションの商品企画もキミに任せてみようか。どうだ、この勢いで、次回もがんばってくれるか」

上司にここまでほめられるなんて、入社以来、初めてだ。自慢じやないが、いつも、ダメ出しばかりされていた。内心、課長は自分のことを嫌っているんじやないかとひがんでいたくらいだ。それが、今日はどうだろう。課長にここまで認められたことだけでも本望だ。そのとたんに、すっかり舞いあがってしまい、「はい、もちろん、全力でがんばります」と妙に弾んだ声で返事をしてしまった。 「しまった!」と思ったのは、帰社時間になったころだ。

来期のプロモーションの仕込みのころ、長期休暇をとって家族で旅行にいくことになっていたのだ。だが、舞いあがっだ瞬間に、こともあろうに、家族旅行のことを忘れてしまった。いや、つぎのプロモーションの時期を確かめるのを忘れてしまった。いまさら、引っこみはつかない。だか、妻や子どもには何といえばいいだろう。

ここまでわかりやすいケースはまれかもしれないが、「デートの約東があるのに、おだてられて残業を押しつけられた」とか、100パーセントお世辞だとわかっているのに、「お似合いですね。このデザインをこんなにきれいに着こなす方はめったにないと思います」などといわれ、ふだんは手が出ない高い洋服を買ってしまう、ぐらいのことは誰にでも身に覚えがあるだろう。

舞いあがりやすく、そうかと思うと沈みやすい。人間は、自分の感情のアップダウンにも翻弄されて生きていく側面をもっているものなのだ。舞いあがった結果、こんな結果になったのは自業自得。自分でなんとか収拾をつけるほかはない。

冷たいようだが、自分で収拾をつけながら、つぎは簡単に舞いあがるまい、と心に適度な重石をつけていく。はっきりいえば、自分を冷ましたり、温めたりのバランス感覚は、自ら招いた、切羽詰まった状況との悪戦苦闘をくり返しながら、身につけていくほかはない。

旬人と一緒のときは、とにかく相手を優先する。結果、自然に興奮が冷めてくる ただし、ビジネスシーンで舞いあがり、ハイテンションになってしまったときは、急いでクールダウンしないと、思わぬ勇み足から、とんでもない結果になることもある。

ハイテンションに気づいたら、一時、相手に主導権を渡してしまうようにしよう。相手が質問してきたら、「はい。御社のお考えはいかがなのでしょうか」とか「と申しますと・・・」「何かご不安がおありですか」など、相手の質問を、こちらからも質問のかたちで返し、自分か話の主導権をとらないようにしながら、話をすすめていくようにするのだ。

二、三回、こうしたやりとりをくり返しているうちに、自分でも、頭に血がのぼっていたのが冷めてくるのがわかる。急に熱したものはすぐに冷める。自分を信じて、すこしのあいだ、時間稼ぎをする。もちろん、相手に気づかれないように。この呼吸は、ときどき自分を客観視する習慣をつけておくと、すぐに身につき、そして、上手になっていくものだ。
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by mush_k | 2012-09-11 00:09 | すぐ冷静になれる方法