ハードワークに追われている仕事人間これだけは知っておこう


by mush_k

カテゴリ:すぐ冷静になれる方法( 10 )

物事や人間関係が上手くいかないという悩みに突き当たったとき、なぜ、上手くいかないのか、上手くいってないと思うのかを、段階的に分析していく方法か「コラム法」だ。心理学では、物事をどのように理解するかを「認知」という。

その認知の誤り、ゆがみを修正する方法も兼ねており、コラム法をすすめていくうちに認知のゆがみが修正され、自分自身や、自分の立場がよく見えてくる。その結果、自然にその問題の見方や解釈が変わっていき、気がつくと、悩みが消えてしまっていることが多い。コラム法は、つぎの手順で行なう。

①紙に線で五つのコラム(枠)を書き、最初のコラム「状況」には、いま、直面している課題を書く。

例:「会社に行きたくない」

②二番目のコラム「感情」には、①により、引き起こされる自分の感情を書く。このとき、いくつかの感情があれば、それを1~100%で表す。

例:ゆううつ=100% 怒り=60% 不安=70%

③三番目のコラム「自動思考」には、そのとき、すぐに浮かんだ思いを書く。いくつかの思いがあれば、それを1~100%で表す。

例:上司と考え方が合わない=80% 部下に信頼されていないような気がする=40% 自分ばかり大変な思いをしている=50%

④四番目のコラム「別の考え方」には、③とは別の見方・考え方を書き出し、それを1~100で表す。

例:上司ときちんと話し合ったことがない。話し合えば、もっとわかりあえるかもしれない=100% 部下を信頼してもっと仕事を任せるべきだと思う=50% なんでも自分でやらないと気がすまないという傾向が強いのではないか=70%

⑤五番目のコラム「結論」には、順番に考え方を整理してきた結果、導き出された結論を書く。

例:上司にも問題があるが、もっと自分から積極的に、上司と話し合い、理解し合えるようにすべきだった。部下と一度、飲んでみよう。自分からまわりに働きかけ、仕事を分担し合う仕組みをつくろう。
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by mush_k | 2013-10-16 01:09 | すぐ冷静になれる方法
「もっと落ち着きなさい。落ち着いてやれば、こんなおっちょこちょいなミスはしなかったはずよ」子どものころ、母親によくこういわれた、という人は少なくないはずだ。私も、試験の答案を返してもらうと、自分でも「なんとばかばかしいミスをしたのだろう」と思うことかよくあった。

下線の部分の要約を書きなさいとあるのに、出題文の全体の要約を書いてしまったり、ひどいときには名前を書き忘れ、先生が筆跡から、「これはキミのでしょう」といって、返してくれたことさえあった。落ち着き度を試すようなひっかけ問題にはたわいもなく引っかかったものだ。

自分がいかにものごとに集中できないか、という事実にガク然とさせられたのは、あるとき、学校で、「食後3分以内に、3分間、歯を磨きなさい」といわれたときだった。私の数少ない自慢のひとつが虫歯ゼロであることだった。子どものころから、歯だけはよく磨いていたからだ。

毎食後(当時は少数派だったが、昼食後にもちゃんと歯を磨いていた)、時間をかけて歯を磨いていたという自信があっだので、「3分間の歯磨きぐらい、とっくに実行しているよ」とクカをくくった。だが、じつさいに計ってみると、私の歯磨き時間はどうにか1分程度だったのだ。

へえ、と呆れる前に、ご自分の歯磨き時間を計ってみることをおすすめする。人は、単調なことをつづけることができないものらしい。

自分に合った「お助けグッズ」を見つけよう

そんな性分もあって、私は、なんとか3分間ぐらい、できればもうすこし、長時間、ひとつのことに集中したいと思うようになった。座禅にも興味をもったのだが、お寺にいくほどの気持ちにはなれなかった。おっちょこちょいのうえ、億劫がりなのである。

ちょうどそのころ、「グレゴリオ聖歌」のCDがブームになった。夜、寝る前に、これを聞いていると、ちょっと単調でゆったりしたメロディーやリズムが自然に気持ちを集中させてくれることに気がついた。その後は興味を引かれるままに、「般若心経」のCDや、ダライ・ラマの「マントラ」などを手に入れ、それを流し、しばらく目を閉じ、瞑想もどきをしている。

漠然と目を閉じ、集中しようと思っても、かえって脳裏にいろいろ浮かんできてしまうが、音楽を流しているとそうした雑念を押さえることができる。聖歌あり、お経ありということからわかるように、信仰とは関係なし。結果的に、宗教に関わりのあるものはゆったりとしたリズムでおだやかな抑揚であることが多く、集中心を養うことに役立つようだ。
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by mush_k | 2013-08-21 23:58 | すぐ冷静になれる方法
小さなミスが心の余裕を失わせ、大きなミスを呼ぶ

「しまった。名刺を忘れた」人間なんてたわいないもので、たったこのくらいのことで、すっかり動転してしまう。「前に会った担当者か出てきてくれれば、ご無沙汰しています、と頭を下げるだけですむ」。そうした願いが届いたのか、出てきたのは見覚えのある顔の前回の担当者だった。

ほっとして、つつがなく話をすすめたところ、相手は突然、「これからも何かとお世話になると思いますので、部長を紹介しましょう」と言い出した。

本来なら、これは相手の好意の証。小躍りして喜びたいところだが、肝心の名刺を忘れてしまったのだ。だが、向こうがすっかりその気でいるのに、「今日はけっこうです。できたら、次回にお願いします」なんていえない。

そんなこんなの末、「じつは、あいにく、名刺を切らしておりまして...」とかっこ悪い挨拶をした。これは名刺を忘れてしまったときの常套句だ。相手にはそれが見え見え。いっそうバツが悪く、あがってしまう。そんな経験をもつ人は少なくないと思う。

じつは、私には何度かある。最近では、そんなときに備えて、財布のカード入れのところに予備の名刺を数枚入れてあるほどだ。忘れただけなら、なんとかなる。とりあえず、その場は「名刺を切らしてしまった」ことにして、帰社後、すぐに名刺を送ったり、次のアポのときに持参し、「先日は失礼いたしました」と丁重に頭を下げ、改めて名刺を手渡すことなどで乗り切れる。

取り返しがつかないのは、「忘れた!」と意識したとたんに、頭に血がのぼってしまい、話に集中できなくなってしまうことだ。私など、相手の話の要点をメモしながら、頭のなかでは、「昨日、カバンを整理したのがいけなかったんだ。なぜ、昨日にかぎってそんなよけいなことをしたんだろう」などと、ぐじぐじと前日の行動を思い出していたりする。

その結果、頭は留守になり、返事はあやふや。これでは、相手に好印象はもってもらえない。第一、せっかく仕事の機会を得ながら、自分自身がいちばん後味の悪い思いをしてしまうのである。

気持ちを動転させる忘れ物をなくすおまじない

ものに動じない自分、というと、武士道をきわめよ、といわれているように感じる人もいるだろうが、じっさいは、忘れ物などうっかりミスをなくすという、小さな心がけの集積で十分なのである。そうした失敗体験の結果、いまでは、忘れ物をしない「おまじない」を唱えることにしている。それが「あとみよそわか」である。

幸田文さんは、明治の文豪・幸田露伴の娘さんだ。幼いころ、母を亡くした文さんを、露伴は男手ひとつで育てたばかりか、文さんを、どこに出しても恥ずかしくない女性にしようと、日常の立ち居振る舞いから家事万端まで厳しく仕込んだ。

そのしつけのひとつに、「あとみよそわか」がある。瑞的にいえば、女性は立ち上がったあと、さっと身辺に目を配り、たとえば、座ぶとんをさっと整えるなど身ぎれいな印象を残すようにしなければいけないというような教えである。

「あとみよそわか」は江戸時代ごろからよく使われた言葉で、「後見蘇波可」。「あとみよ」とは文字どおり、振り返って見なさいという意味。「そわか」は、「成就しますように」という意味だという。何かをしたあとは、その結果がどうなったのか、よく見なさいよ、という意味だそうだ。

私のような仕事では、もっとも赤っ恥をかくのは、相手からいただいた資料などを忘れることだ。大事な資料はいうまでもないが、たとえ、あちこちで配っているリーフレットだとしても、相手が取材のために用意してくれた資料を忘れるなど、言語道断だ。

それを防ぐために、私は、露伴のしつけを頭に刻み、立ち上がると、頭のなかで、「あとみよそわか」とつぶやきながら、すばやく座っていたあたりを見まわすことを習慣にしている。この言葉をおまじないのように唱えるようになってから、忘れ物はかなり減り、その分、動転することも減ってきた。

「あとみよそわか」は、自分を振り返る言葉にもなる。今日一日、大事なことを忘れてしまわなかったか。毎日、このおまじないを唱える習慣をつけると、思わず、してしまった失礼など、自分の言葉や行動で心遣いの足りなかったところを小さなうちに気づくことができる。小さいうちなら修復もしやすく、大きな波風に襲われなくてもすむようになる。
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by mush_k | 2013-05-08 01:02 | すぐ冷静になれる方法
億劫に感じるときほど勇気を出して人に会ってみる

休日、「ご飯しない?」とメールが入った。とくに予定があるわけではない。でも、今日はちょっと出かける気分じゃないと、反射的に、「ごめん、今日はパス」と返信した。ところが、すこしすると、やっぱり出かければよかったなと思いはじめる。

こんなふうに、気持ちに振幅があり、自分でも自分をもてあます。そんなときは、心の奥に疲れや不満がたまりはじめている、と考えてまちがいない。こういうときには、自分を奮い立たせるようにして、人に積極的に会うようにしよう。

他人は、自分の気持ちの動きとまったく違う心の動きをもっている。はっきりいえば、人が沈んでいようと、つらい思いを抱えていようとおかまいなし。多少は気を遣ってくれる人もあるが、すこしすると、やっぱり自分の思いどおりに行動しはじめる。

たとえば、彼と気まずい別れ方をしてしまい、すごくめげているのに、友達は「そんなこと、よくあることだよ」といっただけ。あとは、ずっと、彼とのラブラブ話をしゃべりまくっている。だから、いいのだ。「まったく。人の気持ちも知らないで」と不服に思う気持ちはわからないでもないが、人の気持ちを知らない人に会うからこそ、その気持ちを忘れることができるのだ。

人に会えば、行き詰まった感情を切り替えられる

人と会うことには、こんな効用もあることに気づきたい。ピーチジョンという会社がある。ここ数年、ショッピング通りに下着の専門店がふえてきた。「勝負下着」「見せ下着」など、それまでおしゃれの脇役だった下着を、心情的にはおしゃれの中心に引き上げた。そんな下着ブームをつくり出した、下着専門メーカーがピーチジョンだ。

野口美佳さんはその創業社長。29歳で会社を設立し、あっというまに、下着業界にピーチジョンあり、という存在感を確立してしまった。テレビ番組で拝見したのだが、グラフィックデザイナーを目指していた野口さんが下着ビジネスを手がけるようになったのは、通販会社を経営する元夫との出会いがきっかけだった。

ある日、通販用の下着の買いつけにロサンゼルスを訪れ、一枚のブラジャーに出会う。試着してみると、厚いパットが入っているため、自然に胸が大きく見える。それでいて、締めつけられ感はなく、つけ心地がひじょうによい。

それまでの日本の下着は、男性の目を意識したものばかり。つけ心地のよさなど、着る人の満足は置き忘れられていたのである。「これは売れる!」そう、直感した野口さんは、さっそくそのブラを買いつけ、雑誌に広告を出しかところ、雑誌の発売日と同時に電話が鳴りやまないという大ヒットに。94年、下着専門メーカー「ピーチジョン」を創業。今日にいたっている。

その間に離婚も経験し、子どもを引き取って、シングルマザーに。会社も順調そうに見えながら、当然、山あり、谷あり。「毎日、いやなこと、解決しなければならないことの連続です」というが、その声はすぐに、豪快な笑い声にとってかわられる。

インタビューなどでよく、「ご苦労は?」と聞かれるというが、「苦労なんかしたことない」と答えている。もっといえば、「苦労しているヒマがない」が本当のところだそうだ。それほど忙しい野口さんだが、イヤなことがあったり、壁にぶつかってしまった場合は、とにかく、人に会うことに決めているそうだ。好きな人に会うこともあれば、仕事上、必要ならば、大嫌いな人にも会う。

会っているあいだじゅう、「この人はなんてステキなんだろう。このステキな部分、いただいちゃおう」とか、反対にダメだなあと思う人の場合は、その欠点を「ここは許せないな」と冷静に分析している。

もちろん、口にも顔にも出さない。心のなかで、好き勝手にひとり問答しているだけだが、それだけで、ぐんぐん元気が蘇ってくるそうだ。もっとも野口さんは無類の人好き。とくに、モノをつくっている人が大好きで、そういう人に会うと、会った瞬間から仲良しになるという「特技」の持ち主でもある。

自分は、人嫌いで、人に会うことが大の苦手だという人もあるだろう。もし、そうなら、そういう人ほど、自分で自分にはっぱをかけて、できるだけ人に会うようにしよう。野口さんではないが、いい人、苦手な人、それぞれに人は自分を刺激してくれる。その刺激が、心に元気を蘇らせてくれるはずだ。
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by mush_k | 2012-12-19 13:32 | すぐ冷静になれる方法
自覚しない疲れが引き起こすクライマーズハイ

どこの部署にも、自他ともに認めるハリキリマンが一人か二人はいるものだ。この「自他ともに認める」というところが曲者で、こういう人は張り切っている自分を必要以上に肯定的に評価している。

内心、「休むヒマがあるなら、もっとがんばれ!」と周囲にも熱い視線を送うていたり、終業時間まぎわに突然、「さあ、今日も残業であと一息、がんばっちゃおうよ」などと言い出したりする。こんな人が直属の上司だったら、部下はたまったものではない。みな、内心、かなり迷惑していることを察するべきだ。

心と体は深い相関関係にある。精神的なテンションはある程度までは維持できるものだが、体はじょじょに疲れをためていく。ところが精神がハイになっていると、体が送りはじめた疲れのサインに気づかなくなってしまう。だから、怖いのだ。

「クライマーズハイ」という言葉がある。山頂を目指し、必死に登りつづけているうちに、体にはどんより疲れがたまってくる。頂きへ、頂きへとはやる気持ちがたかぶるいっぽうで、そのどんよりした疲れが神経を鈍らせ、やがて、無理を無理だと感じなくなる。疲れは体が発する「休め!」のサインなのに、それを感じなくなってしまうのだ。ベテランの登山家が遭難するのは、このクライマーズハイが関係していることが多い。

失敗の少ない人は、体の疲れのコントロールにもちゃんと気を配っているものだ。疲れは体のなかに疲労物質をふやし、その物質は脳にも流れていく。疲れているときに、まず、働きが鈍るのが脳なのである。

優れた上司は休養の必要性を知っている

ここ一番の大勝負だ。休むのはこの大仕事が終わってからにしよう、と考えるのはまちがっている。こうした考え方で突っ走ると、肝心なときに、自分でも気づかぬ疲れから、自分ではありえないようなミスをおかし、「あ、ミスった!」と思った瞬間に精神のバランスが崩れてしまう。その結果、さらにとんでもない大ミスに発展してしまったりするのである。

ゆめゆめ、体の疲れを軽く見てはいけない。「疲れた? そう思うのは、緊張感か足りないんだ。気合を入れてがんばれ!」と、たとえ自分にむかってであっても、掛け声をかけたりしていないだろうか。

疲れを感じたら、体の声に素直に従い、休んだほうがいい。休憩をとったり、納期までに時間がないのに休日は休んだりすると能率がそれだけ下がる、と思いこんでいるようなら、いますぐ、そうした思考回路を修正しよう。ひと休みすると、気持ちも体もスーッとしてきて元気が蘇ってくることを経験したことがある人は少なくないはずだ。

むろん、ケース・バイ・ケース。ときには、コーヒーをがんがん飲んで、徹夜しなければならないこともあるだろう。だが、それはあくまでも「非常時」だけだと考えるようにしたほうがよい。

軍隊では、優れたリーダーに求められる最大の任務は、つねに最高の状態にある兵士を確保しておくことだといわれている。第一線で戦っている兵士と同じ数の、別の兵士の一団にゆっくり休養をとらせておく。こうして、交代させながらちゃんと休みをとらせ、気力・体力が充実した兵士を送りこむ態勢を整えておくことが大事なのだ。

せっぱ詰まった仕事がある。そんなとき、リーダーは部下全員に、「残業して、がんばれ!」と号令をかけるのではなく、がんばるグループと、その日は帰って休み新たなエネルギーを補給してくるグループに分け、次々、交代させるほうがずっといい結果が出ることを知っておこう。

休むことはがんばることの一部。ちゃんと休まないと、気づかないうちに心のバランスコントロールができなくなる。クライマーズハイに陥ってしまうと、ふだんの冷静な判断力はどこかにいってしまうのである。
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by mush_k | 2012-12-15 11:12 | すぐ冷静になれる方法
けっこう連動しているデスクまわりと心のなか

もう20年も編集企画会社を経営している友人は、何人もの部下の仕事ぶりを見つめてきた。ワンルームだけの会社だから、彼女の席から社内は丸見え。スタッフも10人前後と小規模だから、何もかもお見通しである。

その結果、得た結論が、「デスクのまわりがきれいに片づいているスタッフは仕事ができる」ということだったという。デスクが片づいている人は、頭のなかも片づいている。だから、仕事の筋がよく見えていて、仕事が速く、的確だ。多少の個人差はあるが、かなりの確率でこう断言できるといっている。じつは、私はかなりのグチャグチャ派だから、この指摘はズキンときだ。

だが、私にも身に覚えがある。二、三の仕事を並行してすすめているときなど、Aの仕事関係の資料はここ、こっちはB関係、などと自分ではきちんと区別してデスクまわりに積み上げたり、ラックに突っこんだりしているつもりなのだが、どういうわけか、気がつくとゴチャゴチヤになってしまっている。

「たしか、こういう資料があったはず」と思い、心あたりの場所を探しまくる。ない。さらに探す。そんなこんなで、予想外の時間を食われてしまうことがあり、「あれっ?もう、こんな時間だ」と気がつくと、その瞬間、すっかり余裕を失ってしまう。探し疲れて、モチベーションが下かってしまうこともめずらしくない。

片づけ作業は、混乱した思考も整理してくれる

国立新美術館のシンボルマークや、ユニクロを展開するファーストリテイリングのCIのデザインなどを手がけたことで知られる、現在、日本を代表するプロダクトデザイナーの佐藤可士和(かしわ)さんの制作室をテレビ番組で拝見して仰天したことがある。

デスクの上にはパソコンと筆記具ぐらい。ほかにはいっさい何もないのである。スタッフのデスクの上も同じ。デザイナーの制作室といえば資料や素材見本などで混乱のるつぼのようなところが多いという、それまでの私のイメージを小気味よいほどにぶち破る空間だった。

佐藤さんだって資料のたぐいを使わないわけではない。必要なときにはロッカーなどから取り出す。終わればすぐにしまう。それを徹底しているだけなのである。「仕事に必要なのは集中力。混乱している環境では集中できない」佐藤さんはそう言い切る。どうもモチベーションが下がってきた。仕事のノリが悪い。この先の展開が見えなくなってしまった。そんなときには、いったん仕事の手を止め、デスクまわりなど、仕事の環境をきちんと整理してみるとよい。

煮詰まっているときには、頭のなかではその問題がくんずほぐれつの葛藤をしているものだ。手元を片づけることと問題解決のあいだに、何の関連性もないではないか、といわれそうだが、じつは、資料や書類を整理しながら、頭のなかでは、混乱し、入り乱れた問題点の整理もすすめているのである。

だから、デスクまわりが片づいたころには、気持ちもすっきり片づいて、心機一転、一気に仕事を加速することができるようになっている。すっかり忘れていた資料が出てきて、その資料の発見が加速にさらに弾みをつけてくれることもある。

最近、「片づけられない症候群」の人がふえている。片づけても片づけても部屋じゅうひっくり返ってしまう。いくら心を入れかえて片づけても、数日すると元の木阿弥になる。キャリア志向の女性に多く、原因はやはり、自分では意識しないままに、仕事とプライベートな暮らしのバランスがとれず、心のなかが混乱していることにあるといわれる。身のまわりが片づいていないことを、そう軽く見てはいけないということだ。
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by mush_k | 2012-12-08 23:05 | すぐ冷静になれる方法
どちらが悪いかは関係ない。怒りを爆発させたほうが負け

まったく世の中、腹が立つことばっかりだ。寄るとさわると、口々にこんなふうに話すことがふえている。たしかに、一昔前よりもずっと「自己チュー」がふえてきて、若い後輩社員など、何をいってものれんに腕押し。「キミのためを思って、いってやってるんだぞ」とつい、声を荒らげてしまう気持ちもわからないではない。

先日も、テレビで、「いまどきのマナー」をテーマにした番組をやっていた。とかく、問題になるストリートや電車内などでのマナーについて、各年代を代表するコメンテーターがそれぞれの考えを述べるという構成だった。驚いたことに、若い世代は、「人に迷惑をかけなければ、どこで何をやるのも個人の自由」と考えている傾向がひじょうに強い。

たとえば、電車内のマナー。優先席近くで携帯電話を操作したり、携帯音源のヘッドフォンから音がもれているのは「いけない」。だが、床に座っておしゃべりしたり、スナックを食べるのは、混んでいるときでなければ、誰の迷惑にもならないから「オッケー」。電車内でお化粧するのも、誰の迷惑になるわけではない。そんなことまでいちいち文句をつける相手こそ、人を不愉快にするからマナー違反だといってのけるのだ。

こんな感覚の社員がもし部下にいたら、上司はいつも腹を立てっぱなしになってしまうだろう。だか、怒りにかられるシーンはまだまだある。ただでさえ厳しい世の中だ。得意先のなかには、無理を承知のうえで難題を押しつけてくることがある。

それを受けてくれば、「いったい、どうやって消化するつもりだ」と上司は怒る。だが、蹴っ飛ばして帰ってくれば、「いま、うちの会社がどういう状態なのか、わかっているのか。仕事を選んでいる場合じゃないんだ」と怒鳴られる。

これでキレないほうがおかしいといいたくなるが、どんな場合も、怒りをあらわにしたとたんに勝負あった!どんな理由があろうと、その瞬間に自分のほうが全面的に負け。自分に負けたことになってしまうのである。

参一瞬の兆候をとらえて、激情をうっちゃる

怒りの前には、瞬時だが、自覚症状かおる。口の中に熱いものがたまってきたり、くらっと軽いめまいに近い感覚に襲われることもある。自分で、自分の怒りの兆候を知っておき、その兆候があったら、その場で自分の感情を全面的にオフ。つまり、自分の感情を「強制終了」してしまうようにするとよい。

具体的には、口をきくことをやめる。何もいわずに、黙ってお茶をゆっくり飲む。手元の書類をゆっくりと見直してみる。ペンを動かし、メモを整理するフリをするのもいい。怒りが爆発するのは一瞬だ。逆にいえば、その一瞬をかわすことができれば、こみあげてくる怒りをうっちゃることができるのだ。

怒りを爆発させてしまったときの後味の悪さは、誰でも身に覚えがあるはずだ。怒りは爆発させず、のみこんでしまったほうが、精神衛生上もずっといい結果になるのである。軽いうつ患者に対して、カウンセラーはまず、怒りのコントロール、アンガーコントロール法を教えることが多いことが、怒りの本質を物語っている。あたかもパソコンのように、強制終了からふたたび自分自身を「立ち上げれば」感情のざわめきはすっかり収まっているはずだ。かえって相手の立場を考える余裕さえもどっていることも多い。

自己チューな若手の後輩社員に対しては、「何も教えられないまま、ただ、甘やかされて育ってきてしまった、いまの若者は気の毒だ。これからいろいろ教えていこう」と怒りを鎮めることができる。難題をふっかけてきた得意先に対しても、「先方もいろいろきついんだろう。いったん引き受けて、あまり無理だったら、再度、相談させてもらおう」などと、こちらが余裕をもてば、活路はちゃんと開けてくる。


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by mush_k | 2012-09-20 06:49 | すぐ冷静になれる方法
しんどいときほど、心にやさしい言葉を口にする

夫婦ゲンカは犬も食わないというが、たいていのケンカや争い事はイヌも食わないのが本当のところ。ちょっとしたボタンのかけ違いを、お互いに過剰に言い立てることから始まることが多いからだ。

それが大げんかになってしまうのは、言葉は言葉をあおるところがあるからだろう。たとえば、上司から、「このデータ、急いで入力してくれ」と頼まれたとしよう。手元はいま、別の用件で忙しい。するとつい、こんな返答をしてしまう。

「でも、いま、手いっぱいなんです」そう、いわれると上司も面白くない。「いつまでグズグズやってるんだ。だいたい、キミはいつも能率が悪いんだよ。もっと手早くできないものかね」とイヤ味たっぷりの言い方になってしまう。だか、ほんのすこし言い方を換えてみると、事態はがらっと変わってくる。

「はい。わかりました。・・・でも、すこし後でもでよろしいですか。いま、前の仕事が残っていますので」こういえば、上司は「ああ、明日いっぱいにやってくれればいいんだ」といったり、「そうか、それじやあ、誰か別の人に頼むか」といってくれたりして、お互いの気持ちを波立たせなくすむ。

参最初のひと言が、のちのちの心理を方向づける

イヤ味っぽい言い方をされたり、怒鳴りつけられたりすれば、誰だってムッとくるし、だからといって言い返してしまえば、摩擦は何倍にもなって自分に返ってくる。やっぱり、上司のご機嫌を損なうことは避けたいものだ。

場合によっては、それをきっかけに、「自分は仕事の能力がないんだ」→「この会社では必要とされていない」→「リストラが始まったら、私はいの一番に肩を叩かれるに決まっている」と、どんどん自分勝手な連想をすすめていき、勝手にモチベーションを失うという回路をたどることになる。精神医学に「極端化」といわれる心の動きがある。「極端化」は、最初の言葉をまちがった方向にむけてしまったことが原因になることが少なくない。

自分で自分を傷つける、言葉の自傷行為もあることも知っておきたい。自傷行為につながりやすい言葉の代表が「だって」と「でも」だ。「だって」といえば、相手への反論につながっていくだけだし、「でも」といえば、自分を正当化するためになんとか言いつくろおうという言葉に発展していく。反対にいえば、このふたつを封印すれば、「極端化」にブレーキをかけることが、身についていくわけだ。


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by mush_k | 2012-09-18 13:10 | すぐ冷静になれる方法
いままで、解決できなかった問題などなかったはずだ

もうどうしようもないと思ったことは、誰にでも何回もあるはずだ。希望した学校の受験に失敗してしまったとき、「この先、どうなるのだろう」と暗港とした気持ちになったことを昨日のことのように覚えている人もあれば、学校帰りを待ち伏せし、思い切って「告白」したところ、「ごめん。タイプじゃなくて・・・」とあっさりふられ、しばらくは、学校にいくことはおろか、生きていることさえつらく感じられた。そんな人もいるだろう。

だが、いま、自分はどうだろう。第二志望どころか、第四志望ぐらいの学校に引っかかって入学。学生時代はそれなりに楽しかったし、まあまあの仕事にもありついた。つき合っている相手もいるし、いまの自分はそれなりに悪くないと思っている・・・。そう、つぶやいている人も多いのではないか。

人生なんて、あんがい、そんなものなのだ。もう、どうしようもない。オレの人生、終わったも同然だと思うようなことかあっても、そのうち、なんとかなっていく。いままできた道を振り返るだけでも、それは納得できる。

だから、もう立ち上がれないと思うようなことに遭遇しても、すぐに、「どうにか立ち直ろう」「もう一度、立ち上がらなくては」と無理に自分を駆り立てることはない。ときには、気持ちのままに、落ちこむだけ落ちこんでみたほうがいいくらいのこともあるのだ。人間、一生、落ちこんだままということなどないからである。

もちろん、うつなど、心の病気の場合は話は違ってくる。自分をさらに追い詰め、心の病気にならないためにも、何であれ、結果が出たら、その結果が自分の望みとは程遠いものであった場合でも、「こんな結果じゃもうダメだ」と思わないことだ。いくら否定しても、後悔しても、結果は変わらないそう、思えば思うほど自分を追いこむことになり、事態はむしろ、悪化するだけだ。

ジタバタすると深みにはまることが多い

スランプに陥ると、ついフォームを「改善」しようとするスポーツ選手も少なくない。だが、たいていの場合はそれがかえってアダになり、さらに自滅してしまうことが多いと聞く。

仕事も同様。気分か落ちこんでいるときには何をやってもすぐ迷う。フォームを改善しようとはしているのだが、すぐに望んだ結果か出なかったりすると、やはり、自分にはこれまでどおりのフォームのほうが合っているのではないかと迷いはじめる。その結果、これまでのフォームも、新しく変えようと思ったフォームも、どちらも自信がもてなくなってしまう。これでは改善どころか停滞だ。イヤ、下手をすると、出口のないトンネルに迷いこむという最悪の結果になってしまう。

スランプに陥ったなら、デンと構えて、そのまま、放っておくほうがいい結果につながることが多いのだ。しばらくプレーから遠ざかることがかえってよい結果をもたらすことも少なくなり仕事やプライベートで、「どうしようもない」と思うような大きな失敗をしてしまった、そんなときも同じだ。

早く立ち直ろうとあがいたり、なんとか失敗を取りもどそうと必死の努力をする人もあるが、動揺した状態のままでは、努力がかならずしも報われるとはかぎらないことを肝に銘じておこう。そうした努力まで否定的な結果になってしまったら、さらに深い墓穴を掘るだけだ。よくわかった上司は、失敗した人間にすぐにチャンスを与えることはしない。しばらく黙って放っておく。失敗の後は大なり小なり心に傷を負っている。わかる上司はその傷が癒えるまで、黙って時間を与えるのである。

やがて、傷が癒えれば、ちゃんと力が湧いてくる。人間はトカゲやヤモリ以上に、たくましい再生能力をもっているものなのだ。その再生能力をもっと信じよう。落ちこんでいるときにジタバタするのは、悪あがき以外の何物でもない。どっしり構えて、時機を待つことがずっと大事なのである。
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by mush_k | 2012-09-15 10:12 | すぐ冷静になれる方法
人は誰もが自分の感情に翻弄されることは避けられないが・・・

人間は感情の動物だから、沈むときもある反面、自分でもちょっとおかしいかなと思うぐらい、舞いあがってしまうことがある。われを忘れて、前へ前へ、上へ上へと感情が先走ってしまうのだ。

自分でも「がんばった!」と思える自信のあ、る仕事を上司も上機嫌でほめてくれた。「うん、完璧な企画書だ。じつに、説得力がある。いつのまに、こんなアイデアが出てくるようになったんだ。市場性もちゃんと押さえてあるじやないか。アイデアだけで突っ走っていないところなんか、本物だよ。そうだ、今度のプロモーションの商品企画もキミに任せてみようか。どうだ、この勢いで、次回もがんばってくれるか」

上司にここまでほめられるなんて、入社以来、初めてだ。自慢じやないが、いつも、ダメ出しばかりされていた。内心、課長は自分のことを嫌っているんじやないかとひがんでいたくらいだ。それが、今日はどうだろう。課長にここまで認められたことだけでも本望だ。そのとたんに、すっかり舞いあがってしまい、「はい、もちろん、全力でがんばります」と妙に弾んだ声で返事をしてしまった。 「しまった!」と思ったのは、帰社時間になったころだ。

来期のプロモーションの仕込みのころ、長期休暇をとって家族で旅行にいくことになっていたのだ。だが、舞いあがっだ瞬間に、こともあろうに、家族旅行のことを忘れてしまった。いや、つぎのプロモーションの時期を確かめるのを忘れてしまった。いまさら、引っこみはつかない。だか、妻や子どもには何といえばいいだろう。

ここまでわかりやすいケースはまれかもしれないが、「デートの約東があるのに、おだてられて残業を押しつけられた」とか、100パーセントお世辞だとわかっているのに、「お似合いですね。このデザインをこんなにきれいに着こなす方はめったにないと思います」などといわれ、ふだんは手が出ない高い洋服を買ってしまう、ぐらいのことは誰にでも身に覚えがあるだろう。

舞いあがりやすく、そうかと思うと沈みやすい。人間は、自分の感情のアップダウンにも翻弄されて生きていく側面をもっているものなのだ。舞いあがった結果、こんな結果になったのは自業自得。自分でなんとか収拾をつけるほかはない。

冷たいようだが、自分で収拾をつけながら、つぎは簡単に舞いあがるまい、と心に適度な重石をつけていく。はっきりいえば、自分を冷ましたり、温めたりのバランス感覚は、自ら招いた、切羽詰まった状況との悪戦苦闘をくり返しながら、身につけていくほかはない。

旬人と一緒のときは、とにかく相手を優先する。結果、自然に興奮が冷めてくる ただし、ビジネスシーンで舞いあがり、ハイテンションになってしまったときは、急いでクールダウンしないと、思わぬ勇み足から、とんでもない結果になることもある。

ハイテンションに気づいたら、一時、相手に主導権を渡してしまうようにしよう。相手が質問してきたら、「はい。御社のお考えはいかがなのでしょうか」とか「と申しますと・・・」「何かご不安がおありですか」など、相手の質問を、こちらからも質問のかたちで返し、自分か話の主導権をとらないようにしながら、話をすすめていくようにするのだ。

二、三回、こうしたやりとりをくり返しているうちに、自分でも、頭に血がのぼっていたのが冷めてくるのがわかる。急に熱したものはすぐに冷める。自分を信じて、すこしのあいだ、時間稼ぎをする。もちろん、相手に気づかれないように。この呼吸は、ときどき自分を客観視する習慣をつけておくと、すぐに身につき、そして、上手になっていくものだ。
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by mush_k | 2012-09-11 00:09 | すぐ冷静になれる方法